中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。
「先生、これいつやるの?」
美術準備室にやって来た1年生のSさんが、手に持った美術の教科書を広げて聞いてきました。先生は戸惑いました。その題材をやる予定はありませんでした。そういえば、入学直後のオリエンテーションの時に、教科書は、全部をやるわけではないことは伝えたものの、どれをやるのかを伝えていませんでした。
Sさんがやって来たのは2学期も半ばを過ぎた頃でした。広げているのは「材料と対話して」という、身近にある自然物や日用品などの材料の形を見立てたり、組み合わせたりしながら生き物などつくりたいものをイメージして制作する立体表現の題材のページでした。
「Sさんはこれがやりたかったんだね。ごめんね、先生はこの題材は予定していないんだよ。」と伝えるとがっかりした表情で帰って行きました。その後ろ姿を見送りながら「こんな風に教科書を見て、自分がやりたいことを見つけて期待している生徒は他にもいるのだろうか?」と気になりました。
そこで、次の授業で、教科書に載っている題材で是非やってみたいものがあるかどうか、アンケートをとってみました。そうすると驚いたことに、ほとんどの生徒がやってみたいことを持っていることがわかりました。
実はこの先生、教科書を一度も開かないでやってしまう題材もあったのですが、ここまで生徒たちが教科書を「楽しんでいる」ことには気付いていませんでした。今回の件で、教科書自体が生徒たちの興味や関心を引き出していることを思い知らされたのです。そして、Sさんが尋ねてきた「材料と対話して」は、多くの生徒たちが「やりたい!」と思っていることがわかりました。
年間指導計画では、3学期に石塑粘土を使って「身近なものを立体で表す」という題材に取り組む予定でしたが、急遽変更することにしました。自分自身初めて取り組む題材だったので、美術準備室に置いていた「教師用指導書」を開いてみると題材ページ縮小版をもとに授業のポイントがわかりやすく示してあり、また「授業の指導編」には具体的な指導計画例が載っています。「なるほど、これはうまくいくぞ!」と自信を持って授業の計画を立て始めたのです。
「3学期にやることにしたよ!」とSさんに伝えると「先生がアンケートをとってくれた時に、もしかしたら・・・って思いました!」と満面の笑顔で答えてくれました。
先生の知らないところで、生徒と教科書は仲良しだったのでした。
大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)
○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究
○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職
○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員