中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、読者と一緒に考える、連載コラムです。
「なんか、嬉しかった・・・・・・」
美術室に向かう時には表情も暗く、重い足取りだったN(美術苦手)さんは、1年生になって初めての美術の授業が終わった後、思わずつぶやきました。
「おまえ、すごかったじゃん!」声を掛けたのはT(美術得意)君です。
「T君は、絵が上手いから良いだろうけど・・・・・・、でも、美術、好きになれるかも」とNさん。いったい何があったのでしょう。
「何を描かされるのだろう」と、不安な気持ちで初めての美術の時間を迎えたNさんでしたが、この日は初めての授業ということでオリエンテーションでした。教室に行くと沢山の先輩たちの作品が貼られていたり、並んでいたりしました。
「すごーい!こんなの作れるんだ」「俺、これ、やりてぇー!」など感嘆の声があがる中「ぜったいムリ〜」といったネガティブモードの発言も聞こえてきます。
Nさんはというと、一つの作品に目が釘付けになっています。他にも「かわいい!」「これ好き〜」といった声と共に生徒たちが集まり始めました。そこには実物大?と思えるほどの犬の作品がありました。
Nさんは「何で作っているのかな」と言いながらそっと持ち上げてみました。意外に軽いその作品が新聞紙を丸めて形づくり、表面にちぎった和紙を丁寧に貼っていき犬のモフモフとした毛の感じを出していることがわかりました。
先生が「この子(作者)は、どうしてこの犬を作ったんだろうね」とその辺りに集まっていた生徒たちに問いかけました。
「自分が飼っている犬じゃないかな?」とある生徒
「自分が飼っているから作りたかった?」と先生
「もういなくなったとか・・・・・・」とNさん
「どうしてそう思ったの?」と先生
「こんなに丁寧に、一生懸命に作っているのは、この犬をとても大切に思っているからじゃないのかな、私だったらただ飼っているだけだったらここまで頑張って作れないもの」とNさん。そして「この子を抱いた時、去年死んでしまったムク(Nさんが飼っていた犬)のことを思い出したから」と付け加えました。
先生は「Nさんが言うように、とても強い思いが込められていることがわかるよね、Nさんが自分の経験に引き寄せてそれに気付いたのは見事だよ」と言いました。
そして「それが、美術なんだよ」と付け加えたのでした。
大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)
○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究
○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職
○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員