Vol.01 石黒浩 教授
コンピューター×美術がすべての人を芸術家にする

 世の中を“美術でのつながり”を探って、あらゆる分野で活躍される人物にインタビューするコーナー。
 第一回は、ロボット工学者の石黒浩教授です。

(プロフィール)
石黒 浩(いしぐろ・ひろし)/大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授(栄誉教授)。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)、JST ERATO石黒共生ヒューマンロボットインタラクションプロジェクト研究総括。著書に『人と芸術とアンドロイド』(日本評論社)、『ロボットとは何か』(講談社)などがある。

 ご自身をモデルとした「ジェミノイドHIシリーズ」などの人間酷似型アンドロイドや、対話型ロボットを通じて“人間とは何か”を研究し続ける石黒浩教授。サイエンスと芸術、その一見遠く感じられる分野には、どのようなつながりがあるのでしょうか。

 僕はもともと、絵や彫刻をやっていたんです。それを生業にしようと思っていたくらい真剣に。でも考えてみると、僕にとっては絵でもロボットでも、自分であり人間性を表現するという意味では同じことをしているなと思っています。また、サイエンスは独自の表現が評価される芸術とは違い、ある法則を見出して、誰でも同じものが作れる技術に落とし込むことで、世の中に認められるものではあります。ただ、その最初の発想の部分には、芸術家のような直感が必要なんです。そういった新しいものを見つけるという根本的なところは、共通していると思いますね。

対話ロボットCommU(コミュー)。眼球部、頭部、胴体部の自由度の高い機構による、表現豊かな人間に似た“社会的振る舞い”を実現。自閉症スペクトラム障碍者(ASD者)のコミュニケーション支援などのプロジェクトで活躍中。

 手段は違えど、ご自身の人間性を表現し続けているということですね。では、石黒教授が考える人間性とは具体的にどんなものでしょうか。

 例えば、曖昧さや再現性のなさ等は人間らしいと言えます。今後ロボットの自動化や自律化が進んでいくと、人間の曖昧な欲求による曖昧な命令を理解するようになるんです。というのは、さまざまなことに応えてくれる複雑な装置を人間が扱うために、特殊な技能が必要では便利とは言えないですよね。だからこそ、ロボットがどんどん人間に近づいていく必要があり、それは“曖昧さ”という人間性を表現するということにもつながっていきます。

 なるほど。ロボットと人間が近づいていくことで、より共存できる世の中になっていくわけですね。では、そういった研究の中で「造形的な視点」が感じられることはありますか?

そうですね。ひとつ例を挙げるとしたら、人工生命の研究者である池上高志氏(東京大学教授)との共同研究による「機械人間オルタ」。これは、音楽を入力するとその音楽に合わせて動きを作るんですが、その動きにあえて再現性をなくすプログラム(完全に同じことを繰り返さない)を施すことで人間らしい動きを持たせています。この複雑な機能を持つオルタは美術でいう材料の部分のようなものですよね。そして、このプロジェクトでは、オーケストラの方々がオルタの指揮を見て演奏を変化させ、また、オルタがオーケストラの音を聞いて動いたり歌ったりする。そのシンクロが生み出す複雑さによって、オルタは強烈に人間らしい生命感が宿って見える動きを表現するんです。その相互作用による新しいオーケストラの形は、池上教授と作曲やピアノを担当した渋谷慶一郎氏と共同でプロジェクトを進めていく中で見つかったことですね。これはまさに、芸術的ではないでしょうか。

石黒教授と池上教授の共同研究により生まれた機械人間Alter(オルタ)。ロボット工学と人工生命の研究を掛け合わせ、ときに自発的に、ときに周囲の環境によって異なる複雑な人間らしい動作をすることで生命感を表現。

 技術を通して人間とは、表現とは何かを追求し続ける石黒教授が、美術の授業をするとしたら、どんな内容になるのでしょう?

 頭の中のイメージをそのままキャンヴァスに描ける人って特殊だと思うんです。そのためにはまず技法を勉強する必要があったり……。でも、技法が身についてないと描けないのはつまらないですよね。だから、僕が授業をするなら、技術の部分はコンピューターに任せてしまう方法がいいなと思います。例えば写真を元にコンピューターで素材をつくり、そこから自分のイメージしているものや見えている世界をディレクターのようにつくりあげていく。別の素材を組み合わせてもいいし、色を変えたり、構図を変えたり、それってすごく楽しいと思いますし、その工程の中で、自分の表現にどんな技法が必要なのか気づくことができますよね。さらに、今まで交流がなかったクラスメイトが自分と似た世界観を持っていることにも気づいて、急激に仲良くなることもあると思います。それは今のSNSなどの表面的な付き合いじゃなくて、すごく強いつながりになりますよ。
こんなふうに頭の中のイメージを誰でも自由に表現できるシステムは自分のためにも作ってみたいと思いますし、それを美術の授業に導入できたら、きっと未来は全員が芸術家になれるんだろうなと思います。

人の存在感とは何かを研究するためにつくられた、石黒教授の頭部に酷似したジェミノイドHI-5。全体で16個の自由度を持つことで、表情やアイコンタクトなどの人の振る舞いを再現。このほかさまざまなロボットを通じて、人間とは何かを研究し続けていく。

 

取材後記
美術の世界を目指されていたという、石黒教授。こちらの質問によって、瞬時に発言しながら思考と整理が繰り返されていくような、まさに石黒ワールド! コンピューターの力と美術はつながるのか、今後に注目です。ほかにも貴重な話も多くて、割愛悪しからず……。(Y)