美術の先生が実際に立てられた年間指導計画を紹介、解説するコーナー。前回に引き続いて解説いただくのは、南砺市立城端中学校の藪陽介先生。3年生の年間指導計画に焦点を当てて解説いただきます。
以下より、藪先生が立てられた3年生の年間指導計画の表がダウンロードいただけますので、ぜひ記事と併せてご確認ください!
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また、3年間分の年間指導計画をまとめた表は以下よりダウンロードいただけます。
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目 次
・4-5月:モンドリアンになる
・5-7月:木でつくる マイバターナイフの制作
・9-10月:石の人 岩城信嘉
・11月:チャールズ・イームズの世界
・11-12月:図で伝える ~サイン表示を考える~
・1-3月:今を生きる私へ ~15歳の自画像~
・3月:いま、現代進行形の美術
1.3年生の年間指導計画、どうやって考えている?
義務教育を修了する3年生では、美術の広がり、社会・生活とつながる美術、現在進行形の美術ということをキーワードに題材を設定しています。
卒業すると、制作に携わる生徒は少なくなるのが実際です。その反面、鑑賞に関わる機会は誰にでも開かれています。社会に出たあと、美術に親しみ、気軽に美術館鑑賞を楽しめる生活を送ってほしいという意味も込め、鑑賞の領域を多く設定しています。また、美術館での鑑賞にとどまらず、日常の中に潜む美術の存在に気づかせることも大切だと考えます。いずれにしても、一部の興味のある人にとっての美術ではなく、すべての人が美術とともに生活するという視点を大切にして題材を設定しています。
2.実際の年間指導計画を解説!
筆者が、3年生の年間指導計画を立てる際に、どんなことを意識していたのかを題材ごとに解説します。
4-5月:モンドリアンになる
抽象絵画の先駆者モンドリアンの制作過程を追体験する題材です。色を簡単に変えられるPCのよさを生かしています。また、さまざまなバリエーションを作成しながら、あとから比較することも容易です。
「実際のモンドリアン作品(赤、青、黄のコンポジション)をトレースし、色を抜いたもの」を教師がプレゼンテーションソフトで作成し、各自に配布します。「自分がモンドリアンだったらどのスペースにどの色を塗るか」試行錯誤しながらパターンを作成し、その意図について説明します(条件;9スペースのうち、赤、青、黄を1色ずつ3スペースのみ塗る)。
多くの配色のバリエーションを作成し、その中から最もよいと感じたものを最終作品とする。また、できあがった作について学級内で紹介し合い、それらについて意見を交換します。
親しみにくい抽象絵画の思考体験を行うことで、理解を深めるとともに、色と形の感覚を豊かにするねらいで取り組んでいます。
5-7月:木でつくる マイバターナイフの制作
工芸の領域として、板材から自分が使ってみたいバターナイフを制作するものです。ねらいとして、①自らがデザインし、手でつくった道具で毎日の生活を豊かにする ②小刀を使い、木を削り出す技術を身に付ける ということを意図しています。木の種類は数種類準備し、好みに応じて選択します。色や木目など、それぞれの違いやよさを感じてほしいからです。
9-10月:石の人 岩城信嘉
地元出身であり、世界で活躍した彫刻家・岩城信嘉さんの生き方に迫る鑑賞の学習です。学校の前庭に大きな石彫刻モニュメントが設置してあり、日々目にはしているものの、意識して見る生徒は少ないのが現状です。身の回りにある環境彫刻、パブリックアートに興味をもつとともに、地域にゆかりのある作家を再認識する機会として題材を設定しています。
自分の気に入った角度から写真を撮り、その視点について解説するレポートを作成します。さらに、学級で共有することで、友達の異なる視点に気付き、美術作品を鑑賞する際の多様な見方に触れる授業を展開します。
11月:チャールズ・イームズの世界
椅子を始めとした工業デザイナー、イームズ夫妻の仕事を取り上げます。多くの分野で活躍しましたが、なかでも実験映像の鑑賞をします。もっとも有名な「Powers of Ten」を視聴し、美術と科学を結ぶ映像から、映画の概念を広げます。最近ではスマホでも映像を編集し、世界に発信できる環境も整っています。映像制作への興味のきっかけともなればと考えています。
11-12月:図で伝える ~サイン表示を考える~
実際にあった案内表示板(サイン)の不都合さを感じ取った上で、正確な情報が伝わるように改善案を提案していく題材です。パネルをブロック状に分割した素材を、プレゼンテーションソフトのデータで配付し、PC上で作成します。プレゼンテーションソフトでは移動が容易であり、作成した様々なパターンを比較することが可能です。
個人で作成した後は、グループやクラスの話合いの中でよりよい案について検討していきます。この活動を通して、各パーツの何気ない配置によって、正確に伝わったり、伝わりにくくなったりというデザインの力を実感させたいと思い設定しています。
1-3月:今を生きる私へ ~15歳の自画像~
卒業にあたり、今までの15年間を振り返り、これからの自分について自画像を取り込みながら一枚の平面作品に仕上げます。思春期の中学生にとって「自画像」は抵抗感のある題材です。しかし、あえて自分を見つめ直す機会をこの制作を通して大切にしたいと考え、設定しています。
自画像の部分は、技量の差による抵抗感をなくすため、写真をもとに点描で表現します。タブレットPCで自分の顔を撮影し、コントラストを強め白黒加工を施します。明暗の差を点の粗密に置き換え表現します。透明塩ビ板を写真の上に重ね、油性ペンで描きます。背景の部分は自分の過去や未来の展望などをテーマに、自由に構想します。表現技法や材料についても、今までの経験を十分に生かし、主題に合わせて自分で選択します。
3月:いま、現代進行形の美術
クリスト、オラファー・エリアソン、テオ・ヤンセン、池田亮司、明和電機、クワクボリョウタなど、同時代を生きる美術作家の作品を鑑賞します。主にインターネット上の動画を視聴し、美術の広がりを感じさせるとともに、卒業して美術の教科からは離れても、身の回りにある様々な美術に興味をもって豊かな人生を送ってほしいという願いを込めています。
3.おわりに
3年間で、115時間。授業でできることは、美術のなかでもほんの一握りに限られています。だからこそ、「なにをしたか」ではなく「(生徒の心に)なにを残すか」だと思います。これからの人生において、美術の存在を遠ざけてしまうのではなく、身近に寄り添ったものとして卒業できるか。3年間で蒔いた種が日常の中で自然と芽を出せる、そんなきっかけをつくっていきたいと考えます。
かつて受け持った生徒たちが大人になり、同窓会を開いてくれることがあります。たいてい出てくるのは、妙にくだらない雑談を覚えていたりして苦笑することもよくあります。しかし先日、「あのときモンドリアンやったよね。楽しかった。」「あれ以来、街でモンドリアン的なデザインを見ると反応してしまう。」などという声が複数人から聞かれたのでした。これこそが「美術教員でよかった」と思える瞬間でした。一つの実践例ですが、お役に立てれば幸いです。
藪 陽介(やぶ ようすけ)
富山県南砺市立城端中学校 教諭
○経歴
1990年 富山大学教育学部小学校教員養成課程図画工作科専攻卒
1991年~ 小矢部市立石動中学校
1994年~ 井波町立(現 南砺市立)井波中学校
1998年~ 砺波市立般若中学校
2003年~ 城端町立(現 南砺市立)城端中学校
2004年~ 富山大学教育学部附属中学校
2013年~ 南砺市立福野中学校
2021年~ 南砺市立城端中学校 勤務