美術による学びの成長ストーリーvol.16
かげをつかまえる―あいまいなミッションが生み出す生徒の創造性

 中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、読者と一緒に考える、連載コラムです。

 何をすればいいの? 何からはじめるの? どうするのが正解なの? と「正解」という見通しが立たないと頭も身体も動かない。学校教育では、誰もが分かりやすく、何をすべきか見通しが持てるような授業の入り口ばかりが求められます。
 しかし、正解を前提とした見通しは、生徒をして狭い領域に追い込むだけです。まるで、それは自由に泳ぎ回る魚を追い立てる「追い込み漁」のようです。
 それよりも大切なのは、自分たちの外にある正解ではなく、自分たちで考えた「こたえ」を探し出すこと。そうすることで、ひとりひとりの感じ方が表し方に繋がっていきます。今回はそんな実践をご紹介しましょう。

 「今日は、かげをつかまえてみましょう」
 1年生の美術の授業、その冒頭での先生のひと言です。「かげをつかまえてみましょう」という言葉の意味をいまひとつ理解できないまま、生徒たちは顔を見合わせたり、何か聞き逃したのではないかと先生の方を注視したりしています。

 生徒たちにとっては、実質はじめての中学校「美術」の授業です。事前には、懐中電灯のような小型のハンドライトが家にある人は持ってくるように、ということでした。教室の真ん中には、その日授業で使う材料や用具が置かれています。しかし、今回は、ペットボトルやプラスチックの容器、ガラス瓶とともに、さまざまなものが並んでいるものの、そこから今日の活動を予測することは難しい状況です。

 「皆さん、自分の筆箱を机の上に置いて、それにライトを当ててみてください」との指示が最初にあり、生徒たちはその通りにやってみます。言葉少なに伝えられた先生の言葉の意味を探るように、ライトを当てて見ると、筆箱のかげが机の上に伸びるように映し出されます。ライトを持つ手は固定されていないので、かげもゆらゆらと動きます。
 「ライトを当てると机の上に何ができますか?」との問いに、すぐさま「かげ!」と生徒たちは応じます。そして、ライトを近づけたり、離したり、くるくると回してみたりしながら、かげの形が変わる様子を確かめています。そのタイミングで、やおら先生が発した言葉が冒頭の「かげをつかまえてみましょう」だったのです。

 すぐさま、影を手でつかもうとするフリをしてみせる生徒もいました。それを見ながら「そういうことじゃないだろう?」と軽く「ツッコミ」を入れる友達。生徒たちは「つかまえる」という先生による「あいまいなミッション」の持つ意味について考えはじめているようでした。
 「教室の真ん中のテーブルの上に、美術室にあるさまざまなものが置いてありますので、この後そこから自分が光を当ててみたいと思うモノを持っていって、そのかげを、今から配るこの紙につかまえてください」
 今度は「紙につかまえてください」と少し具体的になりました。「え?  どういうこと? かげを描くってこと?」といった生徒たちのつぶやきは先生の耳にも届いているはずですが、それには応じません。
 そして、今度は「もしも、『かげ』に色があったとしたら……?」とだけ書かれたプレゼンテーションを映し出しました。「色鉛筆を使って、自分が使いたいなと思う色を使ってかげをつかまえてください」と、これまたあいまいなミッションです。

 生徒たちは、それでも「紙にかげをつかまえるってどういうことだろう?」と相談をはじめたり、黙々とライトを当ててみたり、それぞれ試行錯誤をはじめます。窓の暗幕も閉められ、いよいよ光と影が織りなす美しい造形の世界との対話がはじまりました。

 懐中電灯を持ちながら紙を固定して描くことに四苦八苦しています。そのような中、手を貸し合うなど協力し合います。さらに、ペットボトルとガラス瓶、ビー玉などの違い、透過するものと透過しないものの違い、外から光を当てる場合と瓶の中に懐中電灯を入れてしまった場合の違い、など、それぞれの「かげのつかまえかた」に向かいながら、気付きを共有し合っています。
 これだけ仲間と共有しているのに、受け取った用紙をスクリーンにしてかげを映し出し、そのかげの輪郭をなぞって写しとろうとする生徒、映し出された影を色の塊で表現しようとする生徒、光を当てた物体を見てその物体の陰影を描きとろうとする生徒などさまざまです。つかまえられた「かげ」たちは、見事に十人十色です。
 中でも意外だったのは、石膏の幾何形体に光を当てて陰影を付け、それを描きとるという、まさにデッサンをはじめた生徒がいたことです。先生による「あいまいなミッション」は、生徒たちに自ら問いを立てさせ、その問いを創造的に解決しようとする態度を導いたのです。
 もちろん、この探究的な学習には、美術における光と影の持つ意味、効果、描き出す材料用具の扱いなど知識や技能に関する学び、材料や行為を通して発想・構想し表現していく思考、判断、表現に関する学びもしっかりありました。加えて、光線と焦点距離など物理学的な学びもありました。
 しかし、中学校に入って最初の授業で1年生たちが学んだ一番大切なことは、「美術」の学びは、与えられた課題を正解に導くようなものではなく、それぞれが求めるものを見つけ、それを創造的に解決していくことなのだ、ということなのです。
 
 それにしても「先生、どうすえればいいのか、きちんと教えてください」などと聞き返すことなく、それぞれが自分なりの「かげをつかまえる」というミッションに向き合い、見事にクリアしたこの生徒たちのこれからがとても楽しみになりました。

協力:武田聡一郎(岡山大学教育学部附属中学校)

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
一般社団法人日本美術教育学会 代表理事、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員 
(2021年7月現在)