教科情報誌『形 forme』連載企画「学びのフロンティア」に登場した先生方の取り組みや指導の工夫をさらに深く伺います。第7回目は321号で紹介した仙台市立桜丘中学校の貝原訓子先生です(2020年3月取材)。
美術の時間に生徒が学ぶこととは?
小学校の図画工作は楽しくて大好きだったのに、中学校の美術になると、とたんに苦手意識を持つようになる――。このような傾向は、全国の学校現場からよく聞かれます。そうした現状に、貝原先生は何より憂慮されています。
「中学生になると、絵の上手下手を意識するようになりますし、何より評価を気にします。だから難しく感じてしまうのです。まず授業では、美術で大切なのは、作品をつくる時、どれだけ自分の気持ちを込められたかということだと伝えます」
絵を描く時には、何回も筆を重ねることで初めて、自分の納得できる線や色合いを出すことができる。その経験が、生徒の自信につながっていくのだと貝原先生。
「よく制作を進めていくうちに主題を変えようとする生徒がいます。そうした場面では、生徒に、考えや思いを最後まで通せるといいねと伝えます。変えるにしても、できないからやめるのではなくて、『こうしたらもっとよくなる』と期待を持って変えることを勧めます。生徒には、自信を持って美術に取り組んでもらいたい。下手でも構わないですし、たとえ他の人に作品が理解されなくても、『私は表現するのが楽しい、美術が好きだよ』と言えるようになればいいなと願っています」
違う価値観を理解することの大切さ
「生徒はアニメーションなど自分が好きなものは受け入れられるし、テンションもあがります(笑)。教科書に掲載されている美術作品を見せられても、特に最初のころはテンションがあがらないと思います。それでも生徒に伝えたいのは、自分が興味ないものでも、世の中には価値があると思う人がいるということ。自分とは違う価値観を持っている人と共存していくのだから、興味がないものにも価値があることを理解するのが大切です。それぞれに、いろんないいところがあり、そのいいところがあって成り立っている。そこを、分かろうとしてほしいですね」
『形』321号「学びのフロンティア」で紹介した、アートカードを使った鑑賞授業においても、そうした相互理解の部分も重視しています。
「大きな話になってしまいますが、生徒たちは、この日本で生まれて育っていきます。日本は国土が狭くて資源もありません。その上災害も多いですし、なかなかハードな国だと思いますが、その限られた場所や資源で豊かに生きていくことが求められます。狭い場所で隣り合って暮らす人とともに、安全に幸せに暮らしていける――。それは、どういうことかというと、周りを知る、知ってもらう、つまり共存することなのです。それをしないと日本では生きていけないと思っています」
貝原先生は、日本の資源が「人」であることを何度も強調されます。
「想像する、モノをつくるということは人間にしかできません。美術の時間では、表現することの楽しさやお互いの表現を認め合うことをフィードバックすることで、生徒が豊かに生きていくことにつながり、魅力的な人となります。そうした彼ら彼女らが、日本の大切な資源となるのではないでしょうか」
だからこそ授業では、生徒が安心して活動できること特に配慮するといいます。
「授業でカメラを使っているので、たとえば生徒が自分の手を反対側から見たいという時など、すぐ写真で撮ってあげるようにします。作品制作において生徒が課題をクリアできるような資料は何でもそろえるように心掛けています。発想や構想を広げたり、深めたりできるような資料がないと、つくっているうちに嫌になって、途中で放り出してします。せっかくつくる気になっていたのに、もったいない。だから、あきらめないように、美術が嫌にならないように声を掛け続けるのです」