中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、読者と一緒に考える、連載コラムです。
私のところに大変嬉しいレポートが届きました。早くから中学校の美術の授業で「対話型鑑賞」を取り入れ、さらには仲間とともに地域の教員を巻き込み、鑑賞学習指導について先導的に研究活動を続けてこられた春日美由紀先生(島根県出雲市立湖陵中学校)です。今は教頭という管理職でありながらも、学校内外での鑑賞教育実践に積極的に取り組んでおられます。そのレポートからは、美術の学びにより、新しい時代を創造的に生きる力が培われていることが伝わってきます。今回は、そのレポートを引用しながらご紹介させていただきます。
昨年は新型コロナウイルスの感染の広がりの影響で、私たちの生活は一変したと言えます。学齢期の子どもにとっては、学校にも行けず、仲間との交流のできない期間が長く続きました。そのような中、春日先生が、美術科を担当している2年生に「対話型鑑賞」を実践するのは、2学期後半となったそうです。以降、春日先生からのレポートです。
※一部筆者が構成や表現を変えた部分があります。
1度、9月に「見ないでつくるピーマン」の学習の際、事前に「視覚のない状態」を体験するため、「ブラインド・トーク」(※ペアになり、アイマスクをして視覚のない状態の相手に絵について説明する)を行い、「絵について語る」という体験はしていました。そのときには「絵」そのものよりも「絵」について説明することの困難さが先に立ったようでした。
私は、初めての対話型鑑賞を経験する生徒には、ゴッホの《ひまわり》を題材として取り上げることにしています。描かれている15本のひまわりの中から「どれが自分か」を考えて1本選び、その理由を皆の前で発表し合わせるのです。
今回も同じように実施したところ、振り返りのワークシートに「同じ花を見ていても、友だちの考えていることが違った」「いろんな見方があるのが分かった」「こんな風に友だちのことが分かるのもいい」などの感想が寄せられました。
そんな中で、最近、生徒会長に選出されたA君は次のような振り返りをしました。
「自分を見直すいい機会になったと思いました。自分はまだまだ発展途上なのでこれから心身ともに鍛えて満開に自分の花を咲かせたいです。また、生徒会長になるということは、自分だけでなく、他の人の花も満開にしなくてはならないと思うので、他の人も満開にできるようにがんばって活動していきたいな、と思いました。(後略)」
この次の時間に、ベン・シャーンの《解放》を対話型で鑑賞しました。
・やや曇った背景の激しい刷毛のような塗り跡から、強風を想像する生徒。
・壊れた建物や瓦礫から、戦争や震災を想像する生徒。
・中央にいる3人の子どもは「遊んでいる」という生徒。
・中央にいる3人の子どもは「救助」されていると考える生徒。
など、多様な見方や考え方を披露してくれました。
そして、この作品が訴えていることとして
「この困難な状況を伝えるために」
「戦争を忘れないために」
「戦争や災害で亡くなった人たちのことを忘れないように」
と読み取っていきました。
コロナ禍にあって、閉塞感が否めない現状にあっても、生徒たちは、災害や戦争といった過去の苦しみや悲しみに心を寄せ、しかし、未来をあきらめず生きる人の姿に自分自身の今を重ねているのでしょう。
A君の言葉を借りれば、誰もが「前を向き、自分の花を満開に、友だちの花も満開にと望んで生きている」ことが、鑑賞後の振り返りワークシートの言葉からうかがえます。この気持ちをわれわれ教師は大切に、失わせることなく、見守り、寄り添い、時に励まし、育っていくよう支援していくことが務めなのだと感じました。
ゴッホの《ひまわり》に、明るい太陽の下での「生きる力」のエネルギーを感じ、ベン・シャーンの《解放》に人々の苦しみや悲しみを享受する。この二つの作品から受け取るものに違いを感じながらも、どちらも「生きる」ことにつながっていることに思いをはせている生徒たちの心の豊かさを垣間見ることになりました。
子どもは本当に素敵な存在です。
このように、美術の学びを通して、新しい時代を創造的に生きていくチカラが育っていくのです。それを本当に可能にできるのは、自らの実践の中で生徒たちが見せてくれた「心の豊かさ」に生徒たちとともに感動し合い、学び合い、さらに自らの教師としてのあり方を問い直し続けていく教師自身の「心の豊かさ」なのだと思いました。
大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)
○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究
○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職
○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員