中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。
2・3年上の教科書を広げると、原寸大の浮世絵が出てきます。左右それぞれに葛飾北斎・冨嶽三十六景の《神奈川沖浪裏》と《凱風快晴》が目に飛び込んできます。生徒たちも、ことあるごとにこのページを広げて眺めて興味津々の様子です。先生も、このページを活かした授業をどのようにつくろうかと思いをめぐらせてきました。そして、いよいよ2年生も終わろうというこの時期に、満を持して取り組むことにしました。
いつも通りに美術室にやってきた生徒たちは、いつもと少し違うことに気づいたようです。暗幕が引かれ、スクリーンが下ろされています。「あれー? なんかビデオ見るの?」と生徒たち。先生は「今から、おそらく皆さんもよく知っているはずの作品を映し出します。まずは1分ほどの時間、黙ってよく見てください」と伝えました。
プロジェクターが《神奈川沖浪裏》を映し出した途端、生徒たちから「あぁ!」「あ、これ!」という声が漏れましたが、それ以降は真剣に作品を見ています。約束の1分が過ぎた頃、「さて、この絵を見てどんなことを感じましたか? 教えてください」と先生が口火を切ると、生徒からは「日本の古い絵?」「船が危ない!」など、次々と反応がありました。
先生は「どうして日本の古い絵だと思ったのですか?」と問い返すと、「西洋の絵と違って、色の塗り方が平面的だから・・・・・・」と表現の特徴について話しました。「どうして船が危ないと思うのですか?」と問い返すと、「大きな波は津波じゃないのかな? 小さな船が飲み込まれそうだ」というように、描かれている内容について話す生徒もいます。生徒たちが自由に見たまま、感じたままに話を切り出したところを受けとめ、さらにそのように考えた理由を問い返していきました。
このような美術鑑賞の方法は「対話による鑑賞」とも呼ばれ、近年その実践が広がっています。しかし、今回初めてこのような鑑賞の授業にチャレンジした先生は、このひとつ前のクラスでは「失敗したな・・・・・・」との反省がありました。いきなり「この絵の中には何が描かれていますか?」と聞いてしまったのです。すると「波」「富士山」「船」「人」などと、まさに描かれている「モノ」を答えるばかりです。「富士山」と言った生徒に「どうして、そのように思ったのですか?」と問い返しても「富士山の形をしているから」と返され、さらに考えを深めていくような展開ができませんでした。
この後、グループ活動として、「この作品に込めた作者の思いについて考えよう」と投げかけたのですが、ワークシートに書き込むばかりで、グループで話し合う姿はあまり見られませんでした。また、教科書に説明が書いてあるので、それを写すような生徒も見られました。自分たちで見たまま、感じたままを話し合いながら主題に迫っていくという、目指した姿にはなりにくかったのです。
中学校2年生にもなると、これが葛飾北斎の浮世絵版画で冨嶽三十六景というシリーズの一つだという知識を持つ生徒もいます。そういった生徒は、知識を手がかりに、富士山が主役だと考え、そこから主題に迫っていこうとします。一方、事前に知識を持っていないので、作品の背景などは知らないが、だからこそ、新鮮な目で、見たまま、感じたまま、気づいたことを共有しながら主題に迫っていく生徒もいます。また、表現技法に関心を示す生徒もいれば、形や色彩、構図などに目を向ける生徒もいます。こうした、多様な見方・考え方を生徒同士で共有しながら、作者の思いを探り、迫っていく事が今回の授業のねらいです。
そこで、以下の点について改善を試みました。
- 教科書は一旦机の中に片付けさせて、全員で同じ画像を見る。
- 各自に渡していたワークシートをグループで一枚に変更し、作品についての説明が一切書かれていない実物大図版を配付する。
- 教師からの最初の問いかけを「この絵を見て、気づいたことを教えてください」とする。
この改善は見事に的中しました。それが冒頭のやりとりです。多様な視点から発言がなされ、問い返しによるある程度の深まりも見られました。何よりも、説明のない作品図版とグループで一枚のワークシートの効果で、メンバー同士で同じ作品を見ながらの話し合いが活性化しました。
この絵の主役は「富士山だ」「いや、大きな波の方だ」「絵の中の白い点は雪なんじゃないか」「いや、波のしぶきだ」などといった意見の対立も見られました。こうしたことを通して、同じ絵を見ても、人によって感じ方が違うということや、グループで考えることで、自分の気づかなかったところに気づかされて、見方が広がったと実感することも少なくなかったようです。
最後に各自が書いて提出した振り返りカードには「大きな波の向こうに富士山を、波とよく似た色や形で描いて紛れ込ませているのが面白いと思った」や「大きな波に大慌てしている人間を遠くから富士山は見守っている」といったこの作品の持つギミックな面白さを感じながら、作品の主題に迫っていく姿がみられました。先生は、まだまだ改善の余地はたくさんあると感じながらも、生徒の学びに少なからぬ変化が見られたことから、授業改善の手応えをしっかりと感じているのでした。
大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)
○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究
○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職
○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員