美術による学びの成長ストーリーvol.05
描く楽しさ、つくる喜び

中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。

「なぜ、絵を描かなければならないの?」
初めての転勤を経験したM先生が、中学2年のある生徒からの質問に、戸惑いました。これまで勤めていた学校では投げかけられたことが無かった問いです。しかし、前任校では、1年生の授業で、生徒たちの「おもしろい」「楽しい」という気持ちを大切にしてきたことを思い出しました。

 中学校1年生になったばかりの生徒の中には、先生が四つ切りの画用紙を持ってきただけで「今日は何を描かされるんだろう?」と怯える生徒がいます。また、先生がどのような作品を求めているのか、それにどうやって応えればいいのか、そんな気持ちで美術に取り組んでいる生徒もいるようでした。
 M先生は、これでは美術を楽しむことなんてできないのでは、と感じていました。材料や技法も決まり切った使い方から広がりません。絵の具にせよ、粘土にせよ、もっともっと幅広い可能性を持っているのに、それを実感できたら、表したいことをもっと明確に持つことができるのではないだろうかと考えました。
 そこで、色々な技法を試せるような材料や用具を用意して「自分たちで新しい技法を見つけよう」と投げかけてみました。ポイントは「いつもの筆や絵の具の使い方にこだわらない」「用意されている様々な用具を自由に使ってみよう」「絵の具は溶く水の分量によって性格が変わること」です。あとは、自分で自由に試みて、おもしろいな、いいなと思う表現を見つけよう。というものでした。


 決まった方法を教えてもらうのではなく、自分で色々とやってみて、発見したり気付いたりしたことを通して主体的に追求する態度を引き出したいと考えたのです。すると、スパッタリングの網の枠を使って絵の具を画用紙にこすりつけたり、逆に削り取ったり、歯ブラシに少しづついろんな色を着けて一機に描くことで虹のような表現ができることに気付いたりと、思いもよらぬ表現と出会うことを楽しみはじめました。
 そんな中、今まで絵を描くことに消極的だった生徒が、夢中になって取り組んでいます。「宇宙」と命名されたその作品は、まさにその生徒にしか発想できない、その子らしい主題を表現したものでした。楽しさを軸にしながら、自分の中にも表したくなる主題が眠っていることに気付かせることが出来たのでしょう。中学校1年生の「絵や彫刻」の入口で、描く楽しさ、つくりだす喜びをしっかり感じ取らせることを、これからも大切しようと心を新たにしたのです。

執筆者紹介

大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)

 

○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究

○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職

○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員