中学校の美術による学びのチカラを、3年間の生徒の成長する姿に重ね、
読者と一緒に考える、連載コラムです。
「優しそうな ほとけ様」
中学校3年生の美術の授業で、先生がプロジェクターで映し出した「半跏思惟像」を見ての、ある生徒のつぶやきです。先生が「どんなところにそう感じるの?」と尋ねると「大きな優しさで包んでくれているような雰囲気がある」と答えてくれました。また「なんだか古い感じが良い感じ」という声も生徒たちの中から聞かれました。
先生は、違う学年の2年生で仏像の鑑賞をした時には無かった反応だな、と驚きました。2年生の時は、仏像を戦隊もののキャラクターになぞらえて興味を持たせることで一定の学習効果は見られましたが、仏像そのものの持つ魅力というものを感じている様子はあまり見られなかったからです。
そもそも多くの現代人にとっての仏像のイメージは、お寺にあるもので、古くさいもの、今の人間の顔とは随分違う造形で、いまひとつ馴染めないもの、といったところでしょうか。それでも、中学生にもなってくると、出会わせ方を工夫すれば、新しい発見があったり、その表情や姿などから意味を見いだしたりすることができるようになります。
おそらく、その境界が中学校2年生から3年生の頃にあるのではないでしょうか。それはメタ認知が確立し、文化的な価値や意味について理解できるようになる時期と重なっています。自分の感情や感覚を中心に世界を捉える段階から、少し自分を離れた要素、歴史的背景や表現に込められた意味などに関心を向けて理解しようとする段階への成長といっても良いかも知れません。
中学校「美術」での学びはもちろんのこと、他教科で学んだ知識などをもとに対象のよさや美しさなどの価値や心情を感じ取る力としての「感性」が一層育ってくることで、仏像のような、ただその対象を見て感じるだけでは捉えきれないものや、朽ちたような様相にすら文化的な良さが味わえるようになるのでしょう。
中学校「美術」の3年間の学びにおいて、「感性」の育ちはとても大切なことですが、いつその対象と出会わせるのか、いつ取り組むとその学習が効果的に行えるのか、そのタイミングが重要になります。だからこそ、学習指導要領で第2学年、第3学年とまとめて示されている中にも、中学生の感性の育ちと美術の学びの関係性への配慮は欠かせません。この先生は「なるほど、だから仏像は下巻で扱われているのか」と美術の教科書が3分冊になっていることに納得したのです。
大橋 功
岡山大学大学院 教育学研究科 教授 (美術教育講座)
○専門分野
図画工作・美術科教育に関する学習指導と教育課程、教材開発に関する研究
○経歴
京都教育大学卒業、大阪市立淡路中学校、大阪市立城陽中学校、兵庫教育大学大学院学校教育学専攻芸術系派遣留学修了、大阪市立柴島中学校、佛教大学、東京未来大学を経て2011年より現職
○所属学会
日本美術教育学会理事、事務局長、日本実践美術教育学会会長、美術科教育学会会員、大学美術教育学会会員